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好きなもの・好きなこと・好きなだけ

好きなもの好きなことについて書きます。断捨離とまではいきませんが、整理整頓とか買い物とか旅行とかお金を使うことが好きです。

モノだけじゃなくて気持ちの整理整頓が必要なのかも

ひとつのことに向かって頑張れる人がうらやましいなあと思います。そういう人はイヤなこととか納得いかなかっときどうやって気持ちの切り替えをしているのかな。

毎日悩んだり迷ったりしていて。全部思い通りにいったら、それはそれでつまらないんだろうなあとは思うけれど、思い通りにいかなさすぎておもしろくない。

 

考えても仕方のないことは考えなければいいとわかっていても、頭の片隅から離れなくて、考えていなくても視界に入ってくる不要物のようにふとした瞬間に気に障ってしまう。自分のやりたいことだけをやりたい、やりたいことのために何かを我慢してやることは、やりたいことのうちに入るのだろうか。

 

今年に入って結構捨てていますが、モノを捨てて気づいたことは、時々あーあのときあれを捨てなきゃよかったと後悔しても、それはその瞬間だけで、数分後にはすっかり忘れてしまっているということ。そう、捨ててしまって今手元にないもののことを考えてもどうにもならない。忘れるしかない。

 

新しく買い替えたものについても同様で、以前使っていたものの方がよかったなあと思っても、以前使っていたものは捨ててしまっていて手元にはないので、考えてもしょうがない。数分後にはすっかり忘れてしまっている。

 

自分の気持ちはモノとは違ってすでに選択をしたのに迷いがでてしまう。元に戻れる可能性が見えているからなのかもしれない。モノの選択とは違う自分の目指す希望の将来への選択は簡単に捨てることができない。ヒトが絡むとさらにややこしくなる。

 

嫌なことされて迷惑かけられて不快な気持ちにさせられたならば、ヒトが絡んでも罪悪感も何も感じることもなく、もし感じたとしてもお互いに環境が変わったから色々な波長が合わなくなったのかなと割り切ることができる。

 

ここまで書いて気づいたことは、先に見えるものが自分の目指す方向とは異なるから悩んでいるのだということ。これは元に戻るべきと直観的に感じているのかもしれない。

 

理屈っぽい性格だけれども、直感で行動したときの方が成功率が高い気もしている。直観を信じて来た道を戻る、モノで言えば、捨てようとしたモノを拾ってきてもう一度使うという選択もありなのかなと思いはじめている。

 

さきのことはわからないけれど、イヤな感じがするものには近づくべきではないという直観に気づかぬふりをしてこのまま進むことは危険な気もする。気持ちが決められず辛い状況からいつ抜け出すことができるのやら。正解なんてないならば、自分の好きな方を選択すればいいのはわかっている。その好きな方がわかっていれば、のことだけど。